「失敗」や「怪我」は生きていくために必要な経験。自分の「情けなさ」を実感し、少しの「逞しさ」を身にまとう〝旅のすすめ〟【西岡正樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「失敗」や「怪我」は生きていくために必要な経験。自分の「情けなさ」を実感し、少しの「逞しさ」を身にまとう〝旅のすすめ〟【西岡正樹】

「南米パタゴニアへの旅」を回想して

雲行きが怪しくなったフエゴ島

 

 

 さらに115日の日記には、次のように綴られていました。

 

 パタゴニア日記 1月15日

 

 パタゴニアの風を、これでもか、という程味わった1日だった。

 

 パタゴニアに住んでいる男が

 「ムーチョ、ムーチョ(とっても)」

というぐらいの風だ。ガソリンスタンドでお金を払おうとしても、風が強すぎてお金をポケットから出せないのだから、笑うしかない。風の強さだけなら、台風の中を走っているようなものだ(雨は降っていないが、陽は出ている)。向かい風になると、ギアをサードに入れ、フルにスロットルを上げても、時速40㎞を越えることはない。横風の時はさらに恐怖心が伴う。左右に大きく揺れる車体を中央線からはみ出さないように体に力を入れて走らなければならない。時には、後ろから時速100㎞を超えるスピードで走ってくる車もある。それに対応するために、いつも後ろを気にしなければならないのだ。

 朝 9時にカラファテを出て、152㎞離れたエスペランサに着いた(信号は1つもない)のが12時半。エスペランサのガソリンスタンドには、様々な国のライダーがひと休みしていた。ここでは、「カブ1号」は人気者だ。あちらこちらから写真を撮られている。

 アルゼンチン人のライダーが話しかけてきたのだが、スペイン語だったので正確に理解することはできなかった。しかし、身振り手振りも付け加えてくれるから何となく伝わった。

 「風が強いから絶対にスピードを上げるなよ。この小さなバイクだと飛ばされちゃうからな」

 自分のことのように心配してくれている彼の気持ちは、言葉が通じない私にもよく分かった。

 エスペランサからリオ・トレビオ(アルゼンチンとチリの国境にある街)まで160㎞ぐらいあった(信号は1つもない)が、5時間半もかかってしまった。これもすべて強烈な横風や向かい風のためだ。アルゼンチン人のライダーが言ったことは、まさにその通りだった。「ほんとうに道路の外に飛ばされなくて良かった」そんな気持ちを持ちながらリオ・トレビオに着いた時には、私の体は冷えきって、全身が痙攣しそうになった。  

 「ユーアークレイジー」

 リオ・トレビオのガソリンスタンドのお兄さんは、私とカブ1号を見て大袈裟に叫んでいたが、パタゴニアの洗礼をあちこちで受けてきた今、「そうかもな」とちょっと思った。  (日記終わり)

 

フエゴ島へ渡る世界のバイカーたち

 

 旅の途中、異文化や異なる自然環境の中に身を置くと、私は子どもに戻るのです。私の中にある経験値は、ここではほとんど役に立ちません。ただただ子どものように見様見真似を繰り返すのです。この時、私の体や心はスポンジになり、子どもの頃のように多くの水(現地の文化、習慣、そしてルール)を吸収することができます。「郷に入れば郷に従え」という故事がありますが、異なる文化や自然環境の中に入れば、私は目の前の人たちを観察し同じように行動することでしかここで生き抜く術はないのです。

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西岡正樹

にしおか まさき

小学校教師

1976年立教大学卒、1977年玉川大学通信教育過程修了。1977年より2001年3月まで24年間、茅ヶ崎市内の小学校に教諭として勤務。退職後、2001年から世界バイク旅を始める。現在まで、世界65カ国約16万km走破。また、2022年3月まで国内滞在時、臨時教員として茅ヶ崎市内公立小学校に勤務する。
「旅を終えるといつも感じることは、自分がいかに逞しくないか、ということ。そして、いかに日常が大切か、ということだ。旅は教師としての自分も成長させていることを、実践を通して感じている」。
著書に『世界は僕の教室』(ノベル倶楽部)がある。

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